思い込みのフィルターを取り外そう!信頼できる情報について考えてみる

こんにちは、hanaです。

しばらく週末は雨の日が多かったですね。

今週は徐々にお天気が良くなるようなので、

お出かけを楽しんだりできそうですね!

さて、今日はどんな情報が信頼できるのか?

ということについて、考えてみたいと思います。

あくまでも一個人の主観ですので、

「こんな風に考える人もいるのか」という程度に

受け止めて頂けましたら幸いです。

私たちは、信じている情報によって、

価値観が形成されていきます。

何を取り入れるか、何を信じるかを

意識的に選択していくことの重要性を認識すること

これは、自分軸で生きるためには、

とても大切なことだと考えています。

いわゆる洗脳は、与えらえる情報を

操作することによって行われていきますよね。

不安や恐怖などの感情を刺激したり、

同じ情報を、何度も何度も繰り返し伝え続けたり、

セミナーなどでは、思考力を麻痺させるように

少し低めの温度に設定するなど、

様々な手法が存在するようです。

自分が「何を信頼しているのか。」ということを

自覚していること。

情報の取捨選択は、自分の判断で意識的に行うこと、

思考力や直観力を働かせること、

こういうことを日々の中で意識していく事は、

瞑想中の気づきにも通じるところがあります。

おそらく、想像されている以上に大切な事です。

日常的に言霊瞑想を継続されていくと、

「今、ここ」の自分の状態に気づけるようになるため、

このような「何を信じているのか」

「何の情報を取り入れているのか」という事にも、

気づきやすくなっていくと思います。

こういう事は、教えられたことはありませんが、

現代のように、情報量が圧倒的に増えた社会を

生きていく上では、

注意していかなければならないことだと思います。

「何を信じているか」ということに関して、

おそらく多くの人が「これは信用に足るもの」

と判断されている情報の中に、

「権威からの情報」や「公的機関が発している情報」

もしくは、「テレビや新聞などの大手メディア」からの

情報があると思います。

事実として、テレビの情報により、

コロナウィルスの対策が広められ、

「スタンダードはこれだよ。」

「これをしていれば、間違いないよ。」

という「普通のあり方」が示されました。

多くの人がそれに従って行動することを

「当然、必要なこと。」と受け止め、

一般企業や教育機関の方針、医師の判断にも

影響を与えています。

マスメディアは大きな影響力を握り、

人々の行動の規範を提供する存在になっているということが、

コロナ騒動で分かりやすく示されました。

テレビでは「政府からの情報」や

「大学教授の意見」などが、

信用に足るものとして報道されています。

しかし、これらの情報は本当に正しかったと言えるでしょうか。

河野太郎氏が、ワクチン担当大臣だった時に、

「ワクチンで死亡した人は一人もいません。」

「全責任は私が引き受ける。」

と言った発言をされていたこと。

これは、インターネット上でもよく話題にされていますが、

実際には、持病のない健康体そのものだった若者が死亡した事例が、

厚生労働省のホームページにあります。

「因果関係は不明」とされているだけで、

本当に「いない。」と断言して良いのかは、

被害者の遺族の意見を知ることで、見えてきます。

厚生労働省のデータの取り方も、

不都合な事実は隠蔽するかのように、

接種歴別感染者数の統計データの改ざんが

行われていました。

そして、国会でデータの間違いについて指摘を受けた後に、

データの修正が行われ、

不都合な事実が明るみになると、

集計自体を中止してしまいました。

感染対策は、必ずしもエビデンスに基づいている訳ではない。

これは、コロナ騒動を経験して、

多くの人が感じたことではないかと思います。

私たちが信用に足ると思ってきた、

「公的機関からの情報」も「公人の意見」も

鵜呑みにできないという証拠が、

積極的に情報を調べることや、

時間をかけて情報を俯瞰していくことで

客観的事実をもとにして、

「やっぱりおかしいよね。」と気づき、

「信じない」という選択ができるようになります。

今回の騒動からの学びとして、

「大多数が信じていること」=信用できる

というのは、「間違いだった」ということでした。

「テレビは洗脳装置だ」とか言うと、

いかにも陰謀論ぽくて好きではありませんが、

大切な情報を「報道しない」ことで、

情報操作が行われているという側面はあります。

一方で、信用に足らない情報として、

「You Tube」や「Twitter」からの情報は、

情報源が個人レベルであることから、

エビデンスに乏しい、信用に足らない情報だと

判断されることもあるように感じています。

そう思われることも理解できます。

実際に、信用に足らない情報や、

事実に近いけれど間違った情報も存在しています。

「所詮、You Tubeからの情報でしょう。」

「無料の情報はたかが知れている。」

という言葉を、何人かの人から言われたことがありますので、

この価値観についても考えてみたいと思います。

実際に、You Tube の情報を見ていると、

個人レベルでも様々な発信者が存在することが分かります。

お笑いタレントやコメンテーター、

匿名での発信者もいれば、

議員さんや会社経営者の方、

医療関係者、ジャーナリストなど様々な人がいます。

それぞれの立場で専門的に調べた内容を発信されていたり、

海外の情報なども、海外の発信者からの情報や、

実際に現地に赴いて取材された様子が

見られたりします。

そして、それはテレビのようにスポンサーの意向や

忖度が含まれていないものが多いです。

個人レベルで現地からのリポートなどを

Live配信されている様子などは、まさに一次情報です。

私がよく話題にするワクチンに関する情報も、

私がこの人「侍」だなと感じている

泉大津市の市長である南出市長が発している情報は、

情報源が示されていることや、

私が調べた情報と合致していること、

様々な人脈をお持ちの方であることなどから、

You Tubeですが、信用に足るものだと感じます。

例として、南出市長の動画を挙げさせて頂きます。

新型コロナウイルスに関する市長メッセージ(R5.5.12)

出典:新型コロナウイルスに関する市長メッセージ(R5.5.12) You Tubeより 

議員さんの中には、

南出市長のように熱い志をもって、

真に市民の為の政策を考えて実行する方もいれば、

私利私欲、利権に走る存在もいます。

何を信じるのか、と言うと、

「誰を信じるのか」と言う話に行きつくのかもしれません。

けれど、感情論ではなく、

冷静に判断する必要があると思っています。

例えば、南出市長のことではありませんが、

ワクチンに関しては同意できるけれど、

他の政策では同意できないと感じる場合もあります。

人間は多様な価値観を持つ存在で、

変化する心を持ち、

間違う可能性を含んでいる存在だからです。

私自身のことも含めて、そう思います。

ですので、常に、思い込みのフィルターに注意して、

自分の感じる違和感に気づくことや、

直感を活用していく必要性を感じています。

情報の見極め方についての参考に・・

真実を見極めるために、

戦時中の日本でどのようなことが教えられていたのか。

日本のスパイ養成校であった陸軍中野学校では、

情報戦勝利の要諦として、

・歴史に学ぶこと(歴史は人々のアイデンティティを構築する)

・論理的に考える(嘘の持つ論理の矛盾や飛躍に気づく)

・明清正直に行動すること(明るさと清らかさと正直さで行動する)

という3つの原則を教えていました。

出典:むすび大学・小名木善行氏のYouTubeより

また、ジャーナリストの堤未果氏は、

著書の中で、情報操作の罠から身を守る方法として、

時には自分と正反対の考えを持つメディアや人の意見に耳を傾けたり、情報源を変えてみるなど、意識して視野を広げるようにするといいでしょう。

私が一番お勧めしたいのは、スマホやPCなどから時々離れることーすべてのデバイスをシャットアウトしてデジタル断食をすることーで、外界からの情報を遮断する時間を定期的に取るようにすることです。

そして、本を読んだり、生身の人間と肉声で話したり、自分の頭でよく考えるのです。

このデジタル社会ではあらゆる情報が点として大量に、一方向的に流れていきます。

デジタル断食をするとその一方向的な流れを遮断して、その点と点を意図的に線でつなぐことができるようになります。

今やデジタル技術が矢のように進み、すべてが高速で流れるこの世界で生きる私たちにとって、点と点を線で結んで面にし、ものごとを立体的に見る力は、何よりも強い武器になるでしょう。

ここで重要なのは、どれだけ情報を集められるかではなくて、どれだけ「偽の情報」を捨てられるかです。

そのために大事な視点が三つあります。

一つは、今までにもお話ししたように、「お金の流れ」を見ること。

二つ目に大事なことは、「歴史」をみることです。必須なのは現代史です。

引用文献:堤未果 「株式会社アメリカの日本解体計画」より

また、堤氏はデジタル断食をし、自分の中の直感を信じること、

みぞおちの辺りに感じる違和感を信じることの大切さも述べていました。

情報を扱う上での参考として、

戦時中のスパイ養成校である陸軍中野学校の教えと、

情報のプロである堤氏のアドバイスを挙げさせて頂きました。

この二つを見比べて感じることは、

「歴史」に学ぶことの重要性。

そして、情報を自分の中で咀嚼して、「論理的に考える」ことの重要性です。

さらに、自分の中の「感覚」を大切にしていくこと。

「明清正直に行動すること」も、

結局は、正しい行いをしていないと

何が「正しい」のかが、

見えなくなるためではないかと思いました。

自分の中に、様々な矛盾を抱えている時、

言い訳やこじつけや屁理屈にまみれていたら、

論理的思考自体が影響を受けたり、

違和感を感じるセンサーが鈍るのかもしれません。

堤氏の述べている「みぞおちの違和感を信じる」とも似ているな、と。

最後は自分の頭で情報を論理的に整理することと

内側から湧き上がる直感や違和感などの「感覚」を大切にすることが

必要なのだなと言う点で、

自分の感じていた感覚と共通点がありました。

歴史については、知らない事が圧倒的に多く、

学校で習ってきた歴史以外に、

違う見方、違う視点での歴史があると思うので、

様々な角度からの歴史を知れたら、

楽しそうだなと思っています。

「何を信じるのか」

人により、様々な見方、ご意見があり、

自分の考えが絶対に正しいとは思いませんが、

「こんな見方もあるのだな」という程度に

参考にして頂けましたら幸いです。

今日も、お読みくださいまして、ありがとうございました。

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