
更新が遅れました。
昨夜、ちょっと体調を崩しまして
頭痛と吐き気と腹痛で
トイレと仲良しになってました。
鼻と喉も変なので、多分、風邪ですね。
ったく、どうせ仲良くなるなら
トイレじゃなくて
アルロメダ星人が良かったな。(誰?)笑
念のため、今日の二時間瞑想は
お休みすることにしました。
二時間座り続けるのは
意外と体力を消耗するので。
昨日、運動会は無事に終わりました。
お陰様でお天気に恵まれて、
子供達の姿が見られる良い一日になりました。
ありがとうございました。
そこまでは、調子良かったんですよ!笑
その後に、家の周りの雑草を片付けて、
木の手入れをするくらい、
普通に元気だったのですが。
たまにはこんなこともありますね!
こんなこと書いてると、
自分に「婆さんか!」と言いたくなります。笑
だって、普段からお年寄りと接してると
そんな話ばかり聞いてるので。笑!!
それでは、本編に入りますね。
今日はちょっとシリアスな話題なので、
気持ちにゆとりのある時にお読みください。
日本社会に負わされた影
トートの示す人類の役割
人類は宇宙の闇を光に変えるために生まれてきたと、
エメラルドタブレットの中でトートは語っている。
人間は神様の光を内に宿している。
闇の中にあっても光を見い出す力を持っている。
嘘や隠し事もできないなんて・・
煙に巻くのは、なんのためだろうか。
それは、心を曇らせること。
正直であることは、心を澄ませる。
打ち明ける必要もないけれど、
内にある真実を打ち明けることができた時、
深い安心感を得られることもある。
自分の心に嘘はつけない。
だって内側の神様はすべて知っているのだから。
誠実であることは、
深いつながりを築くのに必要で
自分の内側に対して誠実でなければ、
関係は崩れてしまう。
自分との関係が軸になるから。
表面だけのつながりで、
関係性が希薄になっている現代社会。
いつのまにか、
当たり障りなくが暗黙の了解になってる。
・・・時には、難しいこともあるけれど。
日本人に課された課題
個人レベルの話
そんな前提がありつつも、
私自身、葛藤を抱えています。
いまだにとても勇気がいることは、
コロナワクチンの話をすること。
日本では、コロナワクチンの有効性を
信じている人は沢山います。
「来月、コロナワクチンを打つ予定です。」
って言われた時。
すでに打った人を傷つける
残酷な事実を打ち明けることが
正しいことなのかを考えると、
知らない方が幸せなのかもしれないと思う。
副反応報告は、
死亡も含めて多数存在することが、
厚労省のホームページに掲載されている。
今年も打つ人は、
これまでも打ってきたのだろう。
おそらく、すでに3回は打っている。
そう思うと、何も言えなくなる。
口をつぐむ。
それが正しいことなのかというと、
大局的に見た時、おそらく違う。
誰に伝えるのかと考えた時、
目の前の個人と、一般大衆という
大きな括りで見た時には、
答えが異なることもあると感じた。
言えることと言えないことがある。
知らない方が幸せなこともある。
すでに回数を重ねているのなら、
恐怖を与えるだけの情報になる。
そんな風に考えてしまうのは
私自身の弱さなのかもしれない。
伝えることの恐怖
人に何かを伝えるかどうか考えた時、
伝えられた相手の気持ちを想像すると同時に
伝えることで自分がどう思われるのか
という不安とも対峙しなければならない。
伝えることで、それが真実だとしても
私のことを信じてもらえなくなったり、
頭がおかしい人と思われることも
あるだろうと怖くなる。
それが、無知と無理解からくるものと知っていても、
リスクを冒して伝えるべきなのか。
自分が信頼を失う恐れを感じても、
相手が受け止められると信じて伝えるのか、
知らない方が幸せだと自分に言い聞かせるのか。
安心、安全なのは、何も伝えないこと。
それが、一般的な社会の在り方で、
賢いと言われる在り方。
おそらく、私の周囲の人は、
「余計なことは言わない方がいい。」
と、答える人が大半だろうと思うし、
あなたの周りの人も同じではないだろうか。
何が正解なんてなく、ただ、選択がある。
闇に光を当てるのは残酷なことでもあって
最終的には、
真実を受け止めることで、
社会全体が良い方向に行くのだけれど
個人レベルで痛みと対峙することを
強制することは誰にもできない。
痛みを受け止められる人もいるけれど
不安に打ちのめされて潰れる人もいる。
だから、伝えないことが
正解ということも確かに一理ある。
残酷な事実を知らせなかった
メディアの残した影
どう行動したらいいのだろうかと
葛藤は続き、目の前に突きつけられる。
キング牧師が、
悪質なのは悪人の暴力じゃない。善人の沈黙だ。
と話していたそうです。
影と向き合う勇気そのものが
日本人に問われている。
怖いけれど、できる範囲で伝えてみよう。
それでは、この辺で失礼します。
お読みくださいまして、ありがとうございました。

