話し合いの目的って、少しズレてるかも?

こんにちは、hanaです。

じわじわと年末が近づいてきますね。

なんだか忙しくなってくる・・。

気持ちにゆとりがなくなると

ついつい、余計な一言が出てしまったり

そんなことはないですか?

同僚とのやりとりでも、

なんだかモヤモヤすることがあって

意見を交換して合わせる作業一つでも

難しさを感じることもあったりします。

話し合いって、否定から入ると

その瞬間に勝ち負けや

正しい正しくないの話になることも。

否定された途端に

正当性を伝えたくなったり

理解して欲しくなったり

身を守りたくなったり

そういう気持ちになるのは

多くの人に当てはまるのではないかな。

そういえば、最近では、

中学校でもグループワークの授業が増えていて

話し合いの仕方を教わることもあるようです。

この前、上の子に

「ママ、否定から入っちゃダメだよ。

一旦、相手の意見を受け入れるの。」

って、注意されてしまいました。笑

そういうことを学んでるんだなって

感心したと同時に、

子供の成長が嬉しかったです。

自分も気をつけよう。

意外と難しいんだよねえ。笑!!

話し合いとかって

喋るのが上手い人が有利な気がしませんか。

勝ち負けを競うことや

説得することが目的になることもありますよね。

そんな中で思うことは、

相手の意見を受け止める余白がなければ

本当に意味のある話し合いは

できないのではないかな、と感じています。

大切なことは、

正しさを証明することでも

勝つことでも有利な立場に立つことでもなく

『お互いを理解すること』

ではなかったかな・・・と。

そんなことを考えていた時に、

昔、テレビで放映されていた

ティクナット・ハンのサンガを思い出しました。

(ティクナットハンはベトナム出身の僧侶で、サンガは僧侶が学ぶための集団。)

そこでグループワークとして行われていたのは、

10人位のグループになって輪になって床に座り

1人ずつ順番に話をしていくことでした。

1人が話し終えるまでの間、

他のメンバーは口を挟まずに

ただ、聴くことに集中します。

静かに、相手の話をじっくり聴く。

集中して聴く。

これは、とても大切なことで、

そうでなければ、相手の立場や

気持ちを想像して感じることができない。

相手の話をしっかり理解し受け止めることで

話した方は理解してもらえたと感じられる。

聴き手は相手のことを理解することが

自分自身の学びにもなる。

その過程をお互いに経た上で

聴き手は、話し手に感想や意見を伝える。

そのような在り方と、

自分の主張を通すことに

一生懸命になる話し合いとでは

中身が全然異なってくると思いました。

通常の会議では、いかに自分の意見を通すか

相手を説得できるかに意識が向きがちで、

相手の意見を理解しようとする姿勢が

持ちにくい雰囲気を感じることがあります。

(話し合う内容にもよるかと思います。)

意見を伝えるには、

考えをまとめるために頭を使うので

伝えることに集中すると

理解することが疎かになるし

理解することに集中すると

相手の立場や気持ちを想像するため

伝えることに意識が向かなくなる。

同時進行は難しいなあって感じます。

できたとしても、瞬発的なやりとりになって

後から、あの時はあのように言ったけど、

なんか違ったかも・・とか出てくることも。

インプットとアウトプットは

エネルギーの流れが切り替わるので

分けた方が無理がない。

ただの雑談なら良いのだけど

真剣な話をする時には

ティクナット・ハンのサンガのように

相手の話を遮らず、最後まで聴くという形式は、

お互いを尊重するコミュニケーションが

作りやすくて良いなと思いました。

素敵な取り組みだなぁ、なんて、

改めて感じた次第です。

それでは、今日はこの辺で失礼します。

お読みくださいまして、ありがとうございます。