「幸せになる勇気」から。

あなたは何に幸せを感じますか?

自分の足で自分の人生を歩んでいますか?

自分の決定に責任を持っていますか?

いきなりドキッとする質問で失礼しました!笑

お正月に、いい本を読んだので、

その学びを書いておこうかなと思います。

世の中には大人になっても大人になりきれてない

未熟な人たちがたくさんいて、

私もそんな1人なのかもしれない・・。

そんな危機感を感じました。

「幸せになる勇気」

その本は私に疑問を投げかけました。

私は本当に自分の意思で決断しているのか?

辛い境遇にあったとしても

自分の人生を歩む覚悟はあるのか。 

自信はなくとも前進できるのか。

改めて考えさせられました。

読んでいて涙が出てくる本は久しぶりでした。

前作の「嫌われる勇気」も好きな本ですが、

「幸せになる勇気」も大切な本になっています。

広い書店の中でこの本が真っ先に目に入りました。

見つけた瞬間に引力を感じて、

この本は私に必要な本だって直感がきました。

それで迷うことなく手に取って買うことにしたのです。

直感に従う決断は後から振り返った時に、

そうして良かったと思うことが多いです。

「幸せになる勇気」から

この本の118ページ、哲人の言葉の中に

カントの言葉が紹介されていました。

人間が未成年の状態にあるのは、理性が欠けているのではない。

他者の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気も持てないからなのだ。

つまり人間は自らの責任において未成年の状態にとどまっていることになる。

この言葉。

何か決断をする時に、

いつも誰かに背中を押して欲しかったり、

人の言葉に影響を受けていたことへの気づき。

人はみな、影響を与え合う存在だし

1人で決めることが

必ずしも良いとは限らないから

誰かに相談することがあります。

アドラー心理学では、

自分と他人の境界線についての話があるのですが、

課題の分離といって、

相手の問題には踏み込まないという考え方があります。

これを取り入れることで

人間関係はとても楽になります。 

私自身もそうでした。

アドラー心理学は実践的に役立つし

前向きになれる考え方を伝えてくれます。

嫌な人からは、心理的に距離をとることが

できるようになりましたし、

余計なことに傷つかなくなりました。

私が伝えていることは、

今まで本を読んで学んできたものが

ベースになっていることが多いです。

厳密にどこからとは説明してませんし、

部分的に、この辺はアドラー心理学とか

ここはエニアグラムとか参考にしながら、

実践の中で役に立ったものや

身についたものから書いています。

実社会で役に立っているものしか

私の中に残らないし伝えられないので、

基本的に実践ベースの内容です。

実際に役立てて欲しいなと思っています。

それで、話を戻しますと、

世の中には自分と他人の境界線を

感覚的に理解している人もいれば、

平気で他者の領域に踏み込む人もいます。

子育てで言えば、過干渉な状態です。

何から何まで親がレールを敷いてあげるようなイメージ。

何が食べたいかとか、

小さな事柄から子供自身が選択することを

練習していくことは大切だなと改めて感じました。

普段の何気ない場面で子供が迷っている時には、

「こうした方がいいよ」というよりは、

「どうしたいの?」というのを聞き

自分で決めてもらうように

気をつけるようにしようと思いました。

それが私の選択と違っていても、

その子が選び、自分で結果を受け取る。

そのこと自体が大切なんだよな、と。

宿題は?と聞いて、してなかったとしても、

するかしないかは子供の決めること。

そして、結果を受け取るのも子供。

うちの場合は下の子も小学校5年生なので

しなきゃいけないというのは頭で理解してる。

なので、宿題の存在を

思い出させるところまではするけど、

あとは本人に決めさせることが、

相手を尊重する在り方なのかもしれないなと思いました。

やらなくて先生に注意を受けたり、

勉強が分からなくなったり・・

困ることを経験して、そこから学んでいく。

一見、冷たいようだけど、そうではない。

見放すのとは違っているんです。

そうは思っていても、

つい言ってしまいたくなるので

親の忍耐を試されているなと思います。笑

命を危険にさらすような

重大な間違いでなければ干渉しなくていい。

そのあり方は子供の意思を尊重する在り方。

相手が力を持てる存在だという

無言のメッセージを伝えるあり方で、

そういう風に親が立っていることが

大切なのだなと思いました。

失敗することは重要で、

その後、出来事をどう受け止めるのか、

どう解釈するのかを学ぶ機会になります。

失敗したことに対して、

親が叱責したりがっかりすると、

失敗は避けるべきこととして認識されていく。

親が先に問題解決しようとすることは

「失敗はダメ」のメッセージになってしまう。

それよりも、失敗した時の受け止め方や

失敗も貴重な経験だということを

伝えていくことが大切。

大前提として、人間は完璧ではない。

過干渉になってしまうのは、

その人の問題に口出しする権利が

ないことを理解していないのかもしれません。

私自身もよく分からずに叱っていました。

自分の子になると

境界が曖昧になっていたなと思います・・。

当然の如く必要のないアドバイスや

細かくお説教をされたり

親から正しさを押し付けられる環境では、

自分で決める経験ができずに

人の顔色をみて考えるようになってしまう。

そういえばそうだよなって思いました。

親に悪気はないけど知らずにやっている。

それが当たり前で疑問にも思わない。

でも、何も教えないわけではなくて

相手の領域を尊重しながら伝えると良かったのだなと。

押し付けにならないように、

もし聞かれたら「ママはこう思う」という、

アイメッセージで伝えたらいいのかな。

日常の中でって難しいけど

完璧じゃなくていいから

出来る範囲でやってみよう。

使ってこなかった機能を

大人になってから使いなさいと言われても

その時に困ってしまいますよね。

選択する力や自己決定する力という

人として生きていくために必要な力が

発揮できなくなるのは、

自分の足で歩むことに自信が持てなくなること。

失敗した時の立ち上がり方も分からず

不安定な気持ちを抱えて

不必要に自己肯定感を下げて

生きづらくしてしまうかも・・?

これは、生きていく上で

とても大切な話だったなと感じました。

何かの参考になりましたら幸いです。

お読みくださいまして、ありがとうございました。