
こんにちは、hanaです。
体調とか崩してませんか?
うちでは、先週から上の子が
インフルエンザになってしまいました。
もうすぐ学年末テストなのに
勉強どころじゃなく・・
ようやく熱は下がりましたが辛そうにしてます。
話を聞くと、隣の席の子が
38.5℃あっても受診せずに登校して、
勧められても保健室に行かなかったそうです。
親にも「熱はない」と嘘をついてるとかで・・。
本人もそんなに熱があったら体がキツイだろうに
そこまでして学校に来る理由って何なのかな?
と、考えてしまいました。
高熱が出たら家で寝てた方がいいです。
周りのことを配慮したら来ない方がいいし、
無理すると病気の治りも遅くなります。
それは、そうなのだけれど、
私は、そこまでする理由が気になる。
よほどの病院嫌いなのか、
薬を飲みたくないのか、
家庭環境が劣悪すぎるのか。
理解しがたい行動には、
必ず理由があると思うのです。
コロナの時もいろいろありましたが、
人によってはPCR検査を受けること自体
ナンセンスだと考える人もいて
その理由は、納得できるものでした。
PCR陽性は、感染を示すわけではなく、
それを専門家が指摘しても使用されていた。
そんな風に一般と違う判断をする人もいる。
ただ、学校でも会社でも、
組織に属して社会生活をする中で、
周囲の人を安心させるために
検査は避けられなかったりします。
大多数が従う意見は正しいだろうという
考えることを放棄した姿勢・・。
学校で植え付けられた他人の目を気にする社会では、
おかしいと思っても余計なことは言わないという
暗黙の了解による支配は強力に作用する。
日本では、人と違う主張をすると、
「変な人」と認識される。
けれど、その違う意見や行動の中には
切り捨てるべきでない
大切な意見が含まれていることがある。
人と違う行動は不安や不信感に
つながることがあるけれど、
排他的になるよりは耳を傾けてみたい。
いろんな人がいるからいい。
学生時代から、
そんな価値観で自由に違いを楽しめたら
どんな社会になっていくのかな。
違うことって興味が湧いて、
「なんでそう思うの?」っていう会話が
自然に増えてくような気がする。
違うことが当たり前の認識になると、
「違ってるけど、それでいい。」
そんな風になっていくのかな。
優劣や勝ち負けを決めるのではなく、
ただ、ありのままを受け止める。
寛容さって、世の中を豊かにするような
そんな気がする。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
お読みくださいましてありがとうございます。

