人生の分岐点、大切な選択をする時の考え方
人生の分岐点て、いくつかありますよね。
学校選びから職業の選択、
結婚、転職、引っ越しなどなど、、、
そんな時に、「何が正しい道なのだろう?」とか、
「どうするのが一番良い選択なのだろう?」と、
迷う事があると思います。
心の捉え方について知ること、
そして、本当の自分と繋がる方法を知ることで、
悩んだ時に
「自分の本当にしたいことって何?」
「どっちを選択したら良いの?」
という疑問に対するヒントを受け取ることが出来ます。
心の捉え方について
まず、自分の内面というのは、
「本質的な変わらない部分」と
「移ろいやすい部分」に分けることが出来ます。
「移ろいやすい部分」は、
外側で体験した出来事により
喜んだり、悲しんだり、怒ったり、
様々な反応を示します。
様々な事を思考し、過去や未来に移ろい、
想像を膨らませて、
心配したり、楽しんだりしている
普段、私たちが普通に感じている心の部分です。
それに対して、本質的な変わらない部分というのは、
それらの移ろいやすい部分を感じたり、
観察したりしている部分になります。
感情は伴わず、ただそこに在り、
善悪などの判断もしなければ、
快、不快もなく、
静寂です。
ただ、じっとそこに在る。
これが、本質的な部分です。
とても静かなので、
瞑想を通して意識しなければ、
日常生活の中では、
ほどんどその存在にすら気づきません。
移ろいやすい心との付き合い方
自分の方向性を選択していく時の迷いや
悩み事を抱えている時は、
移ろいやすい心に振り回されている状態とも
捉えることができます。
移ろいやすい部分と本質的な部分を分けていく事で、
自分の迷いを整理しやすくなります。
自分の本質的な部分が、
意識的に移ろいやすい心を見ている時、
(瞑想状態にある時です。)
「移ろいやすい部分」の変化を
「本質的な部分」が観察している状態になります。
「移ろいやすい部分」は、
観察されることで、
「自分の本質ではない」と分けることができます。
移ろいやすい部分は、
思考や記憶だったり、
感情的な反応だったりします。
この作業をすることで、
一時期の感情や、気分に惑わされず、
物事を見ることが可能になります。
少しずつ、悩みや迷いの原因となる
思考や記憶、思い込みや想像、
感情や気分などを
分けていく事が出来るようになると、
悩みの原因が明確になっていきます。
良く分からなかったとしても、
無意識にそうなっています。
本質的な部分の力
自分が本当に望んでいることについては、
本質的な部分と繋がることで
見えやすくなってきます。
本質的な部分は、
移ろいやすい部分を通して、
全ての状況を把握しています。
そして、ただ静かに見つめています。
本質的な部分は、自分の内側にいる
神と繋がる部分でもあり、
小さな自分以外の世界との繋がりを持っています。
本質的な部分は、
悩んでいることの重要性について
客観的に捉えます。
移ろいやすい心は、単なる反応であり、
「自分の本質」ではないと知っています。
感情を伴わず、
また本能にも左右されないし、
批判もしない。
そういう無のような感覚で
周囲に起こる出来事や、
移ろいやすい心の反応を
ただ見つめています。
本質的な部分こそ、
自分の本体とも言う事ができます。
移ろいやすい心を見つめ、
正しい方向に導く力が、
本質的な部分にはあります。
迷った時や悩んだ時には、
本質的な自分に繋がることで、
悩みの核心の部分や
迷いの原因を探りやすくなります。
全く何も考えないという事ではなく、
いろいろな選択肢や最悪のパターンなど、
考えつくした後に、ひらめきが降りてくる。
という感じです。
「本質的な部分」と「移ろいやすい部分」を
見分けることは、
初めは分かりにくいです。
ただ、瞑想を通して、
「観察している部分」と
「観察されている部分」が
あるな、ということが、
少しずつ分かるようになると思います。
雑念のように、湧いてくるものは、
「記憶」や「思考」のように観察可能です。
そこは、観察される部分であり、
移ろいやすい部分。
浮かび上がっては消えていきます。
そして、それをただ静かに眺めている部分が
本質的な部分です。
繰り返し行う事で、
本質の部分がつかめてくると思います。
よくアーティストや発明家など、
クリエイティブな仕事をしている方が
行き詰って悩んでいる時、
全然、関係ない仕事や作業をしている間に
突然音楽が降ってくる、
または、アイデアがひらめいたりする、
という話を聞いたことがあると思います。
多くは、本人が意識せずに
そうなっているのだと思いますが、
そういう時は、自分の本質の部分と繋がった時
だと言う事ができると思います。
本質的な部分とのつながり方
本質的な部分と繋がることが、
自分の本心を生きる、
自分軸を捉えるためには必要となりますが、
どのように行ったら良いのか、
分からないことがあると思います。
そんな時に瞑想は活躍します。
瞑想を行うことで、
自分の心の迷いや悩みを
客観的に見つめることができるようになります。
そして、見つめているのは、
他でもない自分の本質の部分になります。
ですので、自分の本当の望みが分からない時や、
自分の行くべき方向性に迷った時には、
瞑想して、本質の自分、観察している自分の視点から
感じ取ることをしていかれると、良いと思います。
その状態になると、
ひらめきが降りてきたり、
直感的に「これだ!」という感覚が
つかめたりすることがあります。
初対面の人に会った時に感じる
第一印象って、
大体当たっていたりしませんか?
あんな感じに近いかもしれません。
理由はうまく言えないのだけれど、
なんとなくこう思う。
なんでかわからないんだけど、
とにかくこうした方が良いと感じる。
こんな感覚です。
なので、とても曖昧だったりするのですが、
自分の中では腑に落ちる感じ。
こういう感覚に従うと言うのは、
悩んでいる時や、迷っている時に、
大きなヒントとになると思います。
頭で考えて、条件がこうだから、とか
例えば、家から近いからとか、
周囲の人がこう言っているとか、
社会的立場とか、
様々な要因があると思うのですが、
最終的に一番大切にして欲しいのは、
自分自身の感覚に従うことです。
その現実を生きるのは、他でもないあなた自身です。
辛かったとしても、幸せだったとしても。
人に決められたことに従う生き方をしたいですか?
そう言う事も含めて、
選ぶのはいつも、自分自身です。
そして、全ての責任を自分自身が取ると覚悟した時、
ひらめきや言葉にならない感覚は、
より研ぎ澄まされてきます。
考えるという過程も大切なのですが、
考えても考えても分からない、
もう、全部考えつくしたよ。
という時には、
放置して、無になる。
瞑想してみる、ということが
役に立つと思います。
自分の本質的な部分は、
普段思考している顕在意識よりも
深いレベルで自分を知っています。
というか、自分の本体です。
そして、上の次元から自分を見下ろすように、
より高い視点で現在の自分を導いてくれます。
ですので、
沸き上がる移ろいやすい部分に対して
心を静めて、観察するということが
本質の自分とつながり、
一過性の感情や気分に流されるのではなく、
本来の望みや内側から湧き上がる感覚を
捉えることに繋がります。
迷子の時には、自分の本質と繋がることです。
何かの参考にして頂けましたら幸いです。