
こんにちは、hanaです。
今日は、心理学者である
アルフレッド・アドラーの言葉から
書いてみたいと思います。
「やる気がなくなった」のではない。
「やる気をなくす」という決断をしただけだ。
「変われない」のではない。
「変わらない」という決断をしただけだ。
心理学者アドラーは、
人を前向きにする天才ではないかと
感じることがあります。
アドラーの言葉に何度も救われました。
何か新しいことに挑戦することは
とても勇気のいることです。
諦めるのは簡単だし、
できない言い訳なんていくらでも思いつく。
結局、自分の選択次第
やる気をなくす選択をしている。
・・・自分で選んでいるんですよね。
やらない選択をして可能性を狭める方が
安全地帯から出なくて済む。
そんな心の働きがある。
こういうことは、日常的によく目にします。
「無理」「できない」
そんな言葉を使う人は
何年もそう言い続けています。
変わらない選択をする人と
変わる選択をする人がいる。
変わる方が当然、労力がいるし辛い道のり。
何もしなければ、楽で快適。
だけれど、成長もなくそのまま。
停滞する時期もあるし、
動けなくなる時は誰しもあります。
だけれど、言い訳ばかりでは
何も変わらないということもまた事実。
向かいたい方向に行くには
苦手な何かと向き合う必要があることもある。
やるという決断は「私」にしかできないこと。
それを今にするのか、
先延ばしにするのかも自分次第。
誰も、強制することはできないし、
したところで本人にやる気がなければ
意味がないですよね・・・。
何を選択するのかは、
「私」にしか決められない。
はーーー。
できてるかって言われたら
全然、そんなことないので溜め息が出るわ・・。
・・・けど、それでも進んでるね。^^
変わる決断と他者の反応
変わろうとする人を
引き留めようとする人がいます。
変化を止めようとする人は
変わってもらわない方が
都合がいいと思っている人や
依存させようとする人のこともある。
自分が行きたい方向は
自分にしか分からないですよね。
それを尊重して肯定する人なのか、
説得して違う方向に行かせようとするのか。
言葉は優しくても
自分の都合を優先する人もいます。
その人は、誰のためを考えているのでしょうか。
本当に「私」を尊重する人は、
自分の都合や損得よりも
相手のためになる言葉を使います。
たとえ、損することになっても
それが相手のためになるのなら
後押しすることを選ぶ。
在り方の選択が尊い人に対して、
人は信頼と尊敬の念を抱きます。
私もまだまだ未熟だけれど、
そんな風になれたらいいな。
それでは、今週の二時間瞑想の記録を
残しておきたいと思います。
令和8年5月16日の二時間瞑想
5時前くらいから座り始める
眠気でぼーっとしている
姿勢を整えるけどなぜか崩れやすい
日によってそんなことがある
雑念が流れている
流れるに任せる
胸の奥の方に痛みを感じる
見つめていく
刀が自分を突き刺してる
他者からの言葉
冷たい目
思い出の中の痛み
良かったこともいろいろあったはず
なぜ、過去は苦しめるのだろう
刀はただ胸のど真ん中を
突き刺し続けている
刀を取り除こうとしても
そこから動かない
盾を用意する
頑丈な盾
・・・
・・・
令和8年5月17日の二時間瞑想
救急車の音で目が覚めて
6時過ぎから瞑想を始めた
疲れていたのか、よく眠り
少しだるい
思考がなかなか途切れない
・・・
思考
未来に意識が向く
引っ張られる
逆らわずに流れに任せる
・・・
・・・
・・・
それでは、今日はこの辺で
お読みくださいまして、ありがとうございます。

