内なる光から目を逸らさせる仕組みのこと。

光の象徴である聖者の本と

闇の象徴である心理操作の本を

同時に読み進めている。

こんな偶然にしてはあり得ないような

本の読み方を私は通常しない。

そのタイミングは

ある種のシンクロニシティをもたらした。

闇の用いる儀式は、

光の用いる儀式に酷似している。

わざと寄せている。

そんな気づきがありました。

それは、おそらく、

そうすることで得られる力や作用があるためで、

人心に影響し潜在意識の深層に働きかける、

何らかの意図があるのでしょう。

潜在意識の言語は

シンボルやパターンに表されると言われます。

そこには人類が経験してきた

あらゆる歴史が肉体レベルにまで

落とし込まれている可能性があると感じました。

高次の感情センターの言語は神話であり

高次の思考センターの言語は象徴であると

グルジェフは述べている。

それは、通常の意識では働かない。

通常の感情、思考、本能の各センターは、

記録することが仕事であると言われ、

低次のセンターと高次のセンターが連結するには、

振動数の一致が必要とされるそうです。

霊的な意識が、その誕生から現在に至るまで、

宿る肉体を変えながら、その存在を保持し、

時に、霊的な集合体としても存在してきたのなら、

(高次存在とか、グループソウルのように)

その原型的な共通項があっても、

まったく不思議ではないように思います。

それらの古い記憶は神話や象徴に表されている。

私達の意識の深層には、

意識にすら上らない何かによって反応する部分があり、

ある種の刺激がスイッチとなり働くようです。

その秘密は、神秘として儀式という形で、

古代のシャーマンや神官や

霊力の優れた存在により

用いられてきたのかもしれません。

そして、愚民化政策。

心理研究の中で作られた戦略があることを

本の中で知ることになりました。

その研究は、光の儀式を参考にして

行われた可能性があります。

表層の意識では気づかないところで

エネルギーの搾取や変換が行われていること。

それは、潜在意識を通して働きかけてくる。

そのことについて、書いてみたいと思います。

気分が悪くなる人もいるかもしれないので、

これ以上読みたくない方は、

ページを閉じることをおススメいたします。

光の儀式と闇の儀式は酷似している。

インドの聖者がサマディを証明する儀式では、

アヌグラハと呼ばれるサマディを行う聖者から放たれる

エネルギーのシャワーを浴びるために

何万人もの人々が集い、マントラを唱え、

聖者の名を讃え、喜びに満ちて祝福することが

書籍に書かれています。

闇の行う儀式はコンサートホールの中で、

あちこちに、目や市松模様などの

シンボルを散りばめたサインを入れ込み、

歌の中に存在を仄めかす歌詞を含め、

崇拝の的となる歌手が歌い、

その名前を叫ばせ、歌詞を連呼させ、

熱狂と興奮で人心を魅了する。

レインマンという言葉と共に、

シャワーのように雨が降り注ぐイメージ

・・聖者から放たれるアヌグラハのエネルギーが

シャワーのように降り注ぐイメージと

マントラや聖者の名前を叫ぶ姿・・

この気味悪いほどの一致はなんだろう。

聖者の行いを模したような、

儀式は人を心酔状態に導く。

儀式という行為の連続体の中には

神秘的なエネルギーに関わる秘密がありそうです。

これは、潜在意識の中に存在する聖なる象徴の利用、

書き換えとも言えるのかもしれない。

光と闇の儀式は酷似しているけれど、

その導く状態には明らかな差があります。

光は静かな心から放たれ、

闇はある種の興奮状態を伝えてきます。

一方は、目覚めさせ明晰さをもたらし、

自分自身に目を開かせる。

もう一方は、盲目的にさせ幻想に誘い、

自分自身から目を逸らさせる。

実際に、歌手は崇拝されるように人々に愛される。

あたかも聖者のように。

行為を一致させること。

ある種の型を当てはめること。

よく似た型の中に隠された操作的な意図とは?

人はエネルギー体でもある。

光の存在から降り注がれる

崇高なエネルギーを受け取ることができる。

それは祝福であり、神との一致に導くもの。

それぞれが神の力を秘めた存在として

可能性を開かせることへの祝福。

一人一人に内に秘められた力があり

そこへ導く光。

自身の価値を思い出させる。

一方、コンサートホールでは歌手が

特別視される仕掛けがなされている。

美しい容姿、魅惑的な歌声、

大音量のスピーカーとライト、

非日常の世界。

特別な才能や運を持った雲の上の人。

そんな人の歌は勇気や癒しを与えてくれる。

自分はちっぽけな存在、それに対する対比。

外側には特別な存在がいて、

私はつまらない存在だと思わせる何か。

決してそうはなれない。

考えることもおこがましい。

不足感の中で憧れの存在を重ね、

外側の存在にエネルギーを送る。

偶像崇拝・・

そこには、人からエネルギーを

奪う構造が出来上がっている。

こんな風には書きたくない。

ごめんなさい。

歌手を悪く言いたいのではないです。

私自身、音楽は好きだし、

昔はコンサートも楽しんでました。

今後も機会があれば行くと思います。

美しい存在を眺めているのは楽しいし

好きな歌を多くの人と楽しむのは素敵な体験ですよね。

それ自体に問題はなくて。

この構造を知った上で、

対策を考えていくことに意味があります。

おそらく、見方を変えたらいいのですよね。

歌手は自分とは程遠い憧れとしてではなく、

自分にもそんな光があるのだと信じて、

歌手を手の届くライバルだぜ位に思えれば、

力は奪われないのかも。笑!!

崇拝しない。

ライバル視なんて必要ないけど、

そんな人も同じ人間なんだって思うと

見方が違ってくる気がしませんか?

そして、本当の光は外側でなく

内側の見えないところにある。

外側に見える魅力は

時と共に失われていく幻想で

本物の失われることのない光は

一人一人の胸の中にある。

そこには、ただ命が存在している。

それを輝かせることが

生まれてきた目的であり真の成長だということを

幻想の光に惑わされて忘れないように・・。

それは悪いものに見えないし、

実際に歌手もコーディネートする人達も

闇の存在ではないです。

以下に書籍を引用します。

タヴィストック研究所は、超優秀な心理学者や精神分析医、社会学者のみならず、考古学者たちなど、あらゆる分野の専門家が所属しています。

陰の支配層は、戦争という破壊行為で大衆心理を動かし、様々な恐怖体験による心の傷、体の傷がいかに影響し続けるのか”実験”をしたのです。

心理学の大きな転換をもたらすためにも、戦争を「欲し」利用したということになります。

引用文献:世界を牛耳る洗脳機関 タヴィストック研究所 p3より

個人ではなく構造に視点を移して

観察することが戦略を見つめる

ヒントになりそうだと感じました。

私たちを知らぬうちに蝕むもの。

こういうことは耳を塞ぎたくなることで、

知りたくもない人が大半かもしれません。

私は、多分お役目として

心の闇を見つめるのと同時に

個人の集合体である社会の闇にも

切り込みたくなってしまうのです・・。

何が行われてるのか知らなければ、

心理的な攻撃に対する防衛方法が分からないから。

私が宇宙的な視点から思うことは

知ることが大切だということと

力を明け渡さないことに注意すること。

社会がどんなに闇にまみれて

汚されているように見えたとしても

自分の力を保持することと

尊い光をもつ存在としての誇りを失わないこと。

人間は、闇を光に変える存在だから。

そして、一つの希望として伝えたいことは、

宇宙には仲間がいることです。

この状況を見守ってる存在はいるということ。

地球の外側にも、光の存在がいる。

彼らは、地球に蔓延る闇よりも

強い光を放つことができる。

取り返しのつかない事態にならぬよう見てくれている。

けれども、他力本願でなく

自分の力を信じることを彼らは望んでいる。

人間の成長を願っている。

外側にいる誰かが特別なのではなく

あなた自身にも光があり

輝きを秘めた存在であることを認識すること。

それをしっかり受け止めることの重要性。

闇が導く方向は、

人心を都合よく支配できる状態にすること。

自ら疑問を抱き、考え、行動する力を奪うこと。

信念や目的を共有させないこと。

そんな状況で心がけることは、

自分の意思で決定し行動する自主性と勇気

自由意思や夢を叶えるエネルギーを保持すること

高次の意識とつながること

自分を尊ぶのは、自信過剰になるとか 

丁重に扱われて当然だとか

自惚れることではなくて

磨いていく価値のある存在であり

選択できる責任をもてる存在であり

自分の意思や決断を大切にできること

外側の基準に惑わされず

自分の感覚を大切にすること

内側にある目に見えないことに耳を傾けること

外側の幻想でなく、内側の光に意識を向けていこう。

最後までお読み下さり、ありがとうございました。