
こんにちは、hanaです。
お疲れ様です。
休憩とれてますか?
とても頑張っている。
ありきたりな言葉ですが、
本当にそうだと思っています。
日本人は働き者が多いから
なんだかんだ頑張りすぎてしまって
心を病むまで自分を追い込んでしまう人もいる。
意識的に休む時間を作ることも
大切なことですね。
春分という節目でもあるので、
少し、過去を振り返ってみようかと思います。
ストレス社会の中で
同じ環境で過ごしていても
繊細な人はストレスを感じる度合いが強くて
感じにくい人に比べて
心にかかる負荷が大きかったりします。
こういうことは理解されにくい
目に見えないことだったりします。
同じことを言われても、
気にしない人もいれば、気になる人もいる。
傷つかない人もいるけど、傷つく人もいる。
どちらが良いとかでなく、
個性がそういうものだということなので、
変えなきゃいけないとかではなく、
大切なものとして受けとめていきます。
物事には必ず両面があって、
悪い側面もあれば、
良い側面もありますので
自分を責める必要はないです。
むしろ、個性を活かせるように
捉え方を変えてみたり
環境を変えてみることも
良いことのように感じます。
車で例えるなら、
それぞれに積んでいるエンジンが違っていて、
4WDのように荒野を走れるタフな車もあれば、
軽自動車のように、馬力はなくても
小回りが利いて狭い道を走りやすい車もある。
それぞれに適した役割があって
それぞれの個性を活かした方が
うまくいくようになっています。
なので、「ダメな人」なんていません。
適さない環境にいて、
「自分は能力がなくてダメなんだ。」
と、落ち込んでいるのは、
もったいないことでもあります。
リムジンや大型車は狭小路を走りにくいし
人をたくさん乗せるには、
トラックよりもバスがいい。
こんな感じで、自分に合う役割や環境を
見つけることも大切ですね。
傷つきやすい、気にしやすい、
そんな人は心のエネルギーを
消耗してしまいやすいです。
いかにして余計なエネルギーを
使いすぎずに済ませるかを知ることで
自分を大切にしながら
立ち位置を調整したり
環境を変えてみたり
不要な思い込みを手放すことで
頑張りすぎることを見直したりできます。
私は社会を生きる中で、
心の扱い方を
自分の心の観察を通して気づいたり、
実験したりというのを繰り返しました。
そして、使う言葉や捉え方を変化させたことで、
昔に比べて、大分ストレスが減っています。
そのため、仕事と子育てをしながら
ブログを書き、ヨガや筋トレや
二時間瞑想や読書をこなすという
少しハードなスケジュールを
こなせているのだと思います。
もちろん、好きなことなので
辛いと言うより楽しんでます。笑
好きじゃなきゃできないですよね。
次は、4月に入ったら、
プチ断食しようかなと思ってます。
やりすぎないように期間は短くします。
失敗しても、全然懲りないですね。笑
でも、全然興味のないこと、
例えば、将棋をしましょうとか言われても
多分、1日で嫌になると思います。笑
仕事をしながら子育てをするって、
それだけでかなり大変なことですよね。
子供達が保育園の頃は、仕事のストレスも
子育てのストレスも今より大きくて
辛い思いをしてきました。
その原因の一つは、心の扱い方にあって
悩みごとが気になってモヤモヤしたり、
考えたって解決策がなく、
どうしようもないことに感情を揺らされ続けたり
心が消耗してしまうことで、
非効率な時間の使い方になっていて、
それ以外のことが
できなくなってしまっていました。
何をして生きたいか
ところで、話は少し変わりますが、
人が生まれてきた意味ってなんでしょうか。
毎日、同じルーティーンをこなすためでしょうか。
子育てが生きがいになっていたら、
巣立って行った後は、
余りの人生になってしまうのでしょうか?
そう考えた時、生きがいになることや
やってみたいことができていたなら、
多分、老後だって
これまでの経験を活かして
社会に役立てたり、充実感を感じて
過ごすことができると思うんですよね。
私がお伝えしていることは
心の扱い方なのですが、
心というものについて考えた時に、
体とのつながりは無視できないので、
必然的に健康系の話が出てきたりします。
心と体と、そして、魂のこと。
人生をよりよく生きていくための
そんなお話しを伝えています。
時々、宇宙の話も入ります。
伝えていきたいこと
自分を大切にすることは、
周りの人を大切にすることにつながります。
老後も元気でいた方が子供は嬉しいですよね。
できるだけ、手を煩わせたくないし、
元気でいることが、
親としてできることでもあるかなと。
心を大切にすることは、
健康的な生活をすることと切り離せないです。
食とか筋トレとかヨガとか
一つを極めて伝えている人もいて、
それを知りたい人は、
そういう人に教わりに行きます。
専門領域を深めるか
広い領域を対象にするかの違いで、
私の場合は、
一つに絞るよりも多角的に捉える感じで
その時々でバラバラに
見えてしまうかもしれないのですが、
お客様を一人の人間として見ていく時に、
いろんな角度から見ることで
理解が深まる感じがしています。
というのも、人により悩みの原因が
異なる場所にあるので、
自然にそうなっていきました。
「なんで、不安になるのか」
という疑問を一つ見ただけでも、
それが、幼少期のトラウマにあるのか、
生活習慣の乱れによるものなのか、
生理の影響で鉄不足になっているのか、
思考の癖によりセルフイメージが低いのか、
自分の根源的な価値を信じられないのか、
こんな風に広い視点で見ていくことで、
原因が見えやすくなることがあります。
心理学のスペシャリストはいる。
内科の先生はいる。
スピリチュアルなお仕事もある。
けれど、人間を心と体と魂という
目に見える領域と見えない領域の
両方から捉えて考えていく。
そういう人は、私が知らないだけで
いらっしゃるのかもしれないけれど、
ロールモデルになるような人は
見つけられていなくて。
言葉からのアプローチをしたり
ものごとの捉え方を変える提案をしたり
姿勢と心のつながりから考えたり
リラックスする方法を伝えたり
エニアグラムで人間関係を見つめたり
必要に応じてお伝えする内容は変わります。
広がりがあって、
伝わりにくくなっているかもしれないので
改めて、書かせて頂きます。
基本的にお伝えしたいことは、
より生きやすくするための心の扱い方
というところです。
言霊瞑想だけでなく、
書物から得た考え方や視点、
日常からの気づきや学び、
ホルモンや食のこと、
人間関係や(エニアグラムなど)
スピリチュアルな領域(言霊など)
そういう類のことを書いてきました。
私の伝えていることは、
生活の中に密着している
現実世界で活かすための話になります。
生活に浸透しなければ意味がない。
非現実に聞こえる話を書く時もあるけれど、
基本的には、社会生活という基盤で
活かしてもらうための内容です。
二時間瞑想を記録していますが、
これは個人レベルの修行で、
瞑想を極めて人にお伝えするということは
私の役割ではなくて、
あくまでも、一人の修行者であり
学びの過程にあります。
私は、個人的に悟りたいと願っています。
悟りは、ある種の経験で、
肉体を超越し、本質に還っていくもの。
そのように理解しています。
その過程の中では、
心を見つめること、体を知ること、
魂を感じ取ること
そんなことが必要とされます。
その過程での発見は、
心を見つめるなかでの気づきとして、
世の中に役立てることができる。
それは、私自身がストレスを軽減してきた
過程でもありました。
これを世の中の役に立てられることは、
私にとって嬉しいことです。
記録を通して内面と向き合う作業を
継続していることが伝わると嬉しいですし、
書くことで安心感につながればいいなと思います。
もしかしたら「できてます」という姿を
見せた方が憧れたり、頼りがいを感じる人も
いるかもしれませんが、
私の場合は、そういうことが難しくて。笑
そのままをお伝えして
ダメなところやできないことも知って頂くことが
誠実な態度のような気がしているので
そのようにさせて頂いています。
時々、ふざけた内容も書いていますが
気楽な空気の中で安心して
過ごして頂けましたら幸いです。
それでは、今日もお疲れさまでした。
お読みくださいましてありがとうございます。

