
こんにちは、hanaです。
今日これから話すことは、
ある意味あたりまえのことで、
理解している前提があって
社会は機能しています。
今さら、私がそんなことを
話すべきかも分からないし
何が正しいとか間違っているとか
そんなことを言いたいのでもないです。
ただ、この前提が機能してない
気がする時があったりする・・・。
そんな、モヤっとした感覚と向き合いながら
出てくる言葉を書いていきたいと思います。
何をどこから書いたらいいか・・・
人と人の境界線
子育てで難しいと感じる中に、
子供の意志をどこまで尊重できるか
と言うことがある気がしています。
「この服は着たくない。」
「味噌汁は飲みたくない。」
そんなことを言われた時に
親は良かれと思って
「今日は気温が下がるから、
上着をちゃんと着なさい。」とか
「腸内細菌を整えるのは大事だから
発酵食品をとることが大事なんだよ。」とか
意見を伝えます。
けれども、「嫌なものは嫌」なのです。
「食べたくない物は食べたくない」のです。
無理やり強いることはできない。
そこにあるのは、親子であっても
人と人が尊重し合うための境界線なのだろうと。
それを尊重されずにいると、
境界線を尊重するということが
理解できなくなるような気がするのです。
嫌がっても、味噌汁は用意します。
ただ、飲むか飲まないかは子供次第で、
残さないように伝えても残してしまうことはある。
けれども、小さいころのように、
スプーンで口に入れることまではしないです。
意見や意志を尊重すること。
これを守ることは、
簡単なようでいて難しいことがあって
大事に思うが故に厳しく言ってしまったり
感情が前に出てしまうこともある。
向き合うべき自分自身の
未熟さを感じる部分でもあり
大人が成熟した対応をすることの
重要性を感じる場面でもあります。
大人同士の関係性においても
境界線が曖昧になっていると、
踏み込むべきでないところまで
踏み込んでしまうことがあります。
自分にとって重要な存在だと感じるから
境界線を越えてしまうことがある。
言わない方がいいことを言ってしまったり、
しない方がいいことをしてしまう。
人と人の信頼関係というのは
築くのが大変な割に壊れやすいもので、
たった一言のせいで取り返しのつかない
事態になることもあります。
人と人との間には、
尊重すべき境界線がある。
それは、暗黙の了解みたいなものだから
明確なルールがあるわけでもなく
人によって感覚は違っています。
ただ、その境界線を尊重することが
相手を尊重することであり、
そこを守ることが信頼を築いていく
基本的な土台になっているように思うのです。
人が嫌がることをしない。
人が傷つくことをしない。
大切な人の存在そのものが
自分にとって必要で守りたいものなら、
相手を尊重することは、
自分を大切にすることでもある。
そんな風に思うのですが、
人間は完璧じゃないので、
実際、そうできない時もありますよね。
私自身、偉そうなことは言えないです。
優先すべき順番
最も大切な人との関係は、
多くの場合、家族ではないでしょうか。
例えば、家族をないがしろにして
友人との集まりで大盤振る舞いをして
大金を消費してしまう旦那さんとかは、
優先順位を間違えているように見えます。
もちろん、価値観は人それぞれで、
何が正しいとか押し付けるつもりはないですし、
そんなことを言う立場でもないです。
ただ、感じることは、
人と人との境界線を尊重することが
信頼関係を育み、
優先順位を守ることが
不要なトラブルを避けることになる。
交通ルールみたいなものかな、と。
中心線を守らなければ事故になります。
追い越し禁止区域とかも
理由があってそうなっている。
時に、感情や本能は予想外の行動を
人にさせることがあるけれど
そのようなことが大切なのではないかと思う、
今日この頃なのでした。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
お読みくださいましてありがとうございます。


