
北海道の叔母さんに聞きたかったこと。
家系図を眺めながら話を聞いて、
そうしているうちに身の上話みたいな
話にもなり・・
話が深まって夢中になっていたら
いつのまにか時間は過ぎて
気づいたら午前1時近くになっていました。
家系図の疑問に感じた部分や
ご先祖様達の歩んできた道のりのこと。
自分の家系でない話も含めて、
面白い話が次々に出てきて楽しい時間でした。
いろんな家系図を作りながら見てきた
叔母さんだから話せることがあって
経験も交えながらいろいろ教えてもらいました。
今はもう生きていない人たちの
その影響は子孫に引き継がれていて、
それは、決して関係なくなんてない。
目に見えない因と縁の影響を受けながら、
私たちの体は営まれているようだった。
先祖供養によって、実際に消失する病があり
弔う事によって、車いすの人が歩けるようになり
死に瀕していた人が持ち直し・・
そんな事例を見てきた話は
私たちの在り方そのものが、
子や孫の代に引き継がれることを意味していた。
どう説明がつくだろう?
科学的根拠なんてどこにもない
こんな話を。
だけれど、現象として起きていること。
不思議なことを説明できないと言う理由で
切り捨てることは好きじゃない。
そこには、未知の法則があるかもしれない。
科学なんて、この広大な宇宙の
どれだけのことが説明できる?
何で生きてるのかすら答えられないというのに。
叔母さんの説明によると
ご先祖様は、直接関係してないような
遠い存在にも感じるけれど、
生まれてくる時、
自分の魂がもつ因果によって
ぴったり合う家系を選んで生まれてくるそうで、
他人ごとのようでいて自分の背負ってきた
歴史のような側面もあるのだとか。
家系図は自分図・・とも言えるのかな。
家系図に詳しい先生がいて
その人から教わりながら
経験を通して事例で確認してきた
叔母さんの話。
病気の話では、
精神疾患や神経難病、うつ病、
子どもができないことなど・・
それぞれに共通する因果があるそうです。
この病気だから先祖が・・のような
偏見をもたないように注意しつつ、
解決のための一つの視点として
そんな考え方もあると受け止めます。
否定して拒絶するより、
そういうこともあるのかもしれないと
可能性を受け入れる在り方をしようと思います。
そして最終的に、清らかに生きることの
大切さを改めて感じましたので、
そのことをお伝えしたいと思います。
巡りくるご縁に偶然はなくて
自分の行いに沿った縁が運ばれてくる。
自分の行いが子や孫世代の結婚相手にまで、
影響を及ぼすことがある・・・
ちょっと信じ難いけれど、
そのくらい深いつながりが
家族にはあるのかもしれません。
自分の学びのために最も適した人と
ご縁ができるようになっているそうです。
ご先祖様に手を合わせて祈ることは
他人事ではなく、自分に影響してくること。
ご先祖様を大切にすることは
自分自身を大切にすることでもある。
そういうことだと理解しました。
ちなみに実際のご供養では、
内容にもよりますが、
半年から数年単位で祈ることもあるそうです。
大変なお仕事だなと、頭が下がる思いでした。
忙しい中、私の話に夜遅くまで付き合ってくれた
叔母さんに、心から感謝しています。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
お読みくださいましてありがとうございます。

