通じない感じの人を感じたスイカの話

取り立てて、

どうってこともないような話なんですが、

今日、同僚から小玉スイカをもらいました。

普段は自分から声をかけてこないし

挨拶すらスルーされがちな人からで、

意外すぎたので印象に残りました。

たまに、声をかけると

少し鼻で笑われるような?受け答えで。

(私の勝手な思い込み。笑)

あんま、好かれてないのかなっ・・?

まあ、別にいいけど。

くらいな感じだったのですが、

多分、たまたま事務所に残ってたのが

私とその人だけだったからなんでしょうけど

「よかったら、これどうぞ。」って

スイカを渡されて、

その意外さが嬉しかったのと、

スイカは子供も好きなので

「ありがとうございます!!」

と受け取りました。

そしたら、その同僚も嬉しそうで

「ああ、よかった。」って、

その笑顔がまた印象的でした。

単純に持ち帰るのが

大変だったんでしょうね。笑

小玉とはいえ、それなりに重たいし。

帰り道は左右交互に

腕の筋トレしながら帰ってきました。

もう、筋トレしなきゃ落ちる年ごろなので

ちょうど良かったですよー。笑

不愛想だと誤解されやすいけど、

多分、その人の素が

そういう感じなだけなんだろうな。

私もあんまり不必要に喋るほうじゃなく

誤解されやすいところがあるから

なんか、親近感すら湧いてきました。

そんな小さなことに感謝です。

感謝の気持ちも伝えることで

喜びや幸せは連鎖していく。

他者の幸せを想うことは

自分を幸せにすること。

勝手な印象で決めつけて

嫌ったりしなくて良かった。

感情が伝わるから・・

当たり前のようなことだけど、

喜びを共有するとか

悲しみを共有するとか

人間関係の中では大事なことですよね。

共感って、人によって個性があるから

意外と、そんな些細なことが

当たり前じゃないこともあったりする。

通じない時は、拒絶っぽく感じたりするけど、

エニアグラムを思い出してみると

合理タイプと反応タイプの差かな?

みたいな受け止め方もできるから、

ただ単純に個性としての

違いだったりするんですよね。

それに、分かりにくくても

感情がない人なんていない。

他者の感情を自分のことのように

感じることができるから

人を思いやることができる。

だから、誰かの幸せを祈ることもできる。

誰かの喜びを自分のことのように感じられる。

誰かの怒りを自分の怒りのように感じられる。

誰かの悲しみを自分の悲しみのように感じられる。

そんな力を身近な人のために使うことが

幸せへの近道なのかもしれません。

というわけなので、

どうかお幸せに・・!

それでは、今日はこの辺で失礼します。

お読みくださいましてありがとうございます。