否定や批判をされても、浄化に努める。

こんにちは、hanaです。

今日は、どんな日でしたか?

どんな感情を多く感じましたか?

周囲の人から、温かさや笑顔が返ってくる時、

それは、あなたの内側の光が反射されたという

ことでもあります。

ひたすら浄化・・

hanaは、ここ数日、

自分の中に苦しみのエネルギーを

感じ取っていました。

それは、古い昔に受けた

今世以外のものも含めた

傷を浮かび上がらせ、浄化したいと

願ったから起きたことです。

ひたすら自分と向き合う時間を作りました。

奥から湧き出てくる、

汚い想い、苦しみ・・・

それらは、体感として下腹部のあたりから

湧き出てくるかのようで、

ある種の気持ち悪さを感じました。

それは、黒いヘドロのようなどろどろの

エネルギーを持っていて、

べったりとまとわりついてくるかのようで、

それをひたすら、炎で燃やし続け、

学びに感謝しながら手を合わせる、

という作業を集中して行いました。

それは、まだ完了していなくて、

この感覚がなくなるまで、

続けていくつもりです。

ネガティブな想念を受け取る時

なんとなく、否定されている、

批判されているということを

誰かから感じ取る時、

それは、自分の内側から発せられています。

それは、自分の中に、

否定や批判があったりすることでもあります。

そのベクトルが、

自分に向けられているか、

他者に向けられているか、

そのどちらもあり得ます。

自分のことも、他者のことも

傷つけないようにしていくこと。

そういう生き方が、

大切なのだろうと思います。

誰かを批判すること、

否定することは簡単なんです。

「あの人はダメだ。これができてない。」

「分かってない。」のように。

そして、そうすることが

気持ち良いと感じるのが、小さな自分です。

本当は自信がないから、そうしたくなる・・。

なんか、分かってる人。

みたいな振る舞いをしたくなる。

けれど、そういうのは、もういい。

もう、いらない。

例えば、誰かにカチンとくるようなことを

言われた時、瞬間的に小さな自分が反応します。

「怒り」・・・

けど、よく考えてみると、

そういうことを言ってしまう人の中に、

未消化の汚い何かがあって、

出てきた言葉だけれど、

そこに反応したのは、そんなところが、

自分の中にもあったからで。

だから、気づかせてくれて、ありがとう。

なんですよね。

向き合う機会をくれてありがとうございます。

そして、自分の中の汚れが浄化されると、

もう、反応しなくなっていく・・。

一人一人が、そうやって、

自分の中にある汚いものを浄化していくと、

誰かを傷つけることが

良い事だとは思わないし、

否定することや批判することで

自分を満たそうとは思わなくなる。

批判と言うのは、とても扱いにくいもので、

「それ、違うでしょう。」

という指摘を受けた時、

言われた方は、

「自分を想って」で言われた事か、

「相手の都合」で言われた事かを

瞬時に察知します。

自分を想って言われた時は、

感謝してスムーズに受け取ることができる。

けれども、そこに相手の都合を感じた時、

例えば、「マウントを取りたい」

のようなものを感じた時、

人は心を閉ざします。

それが、仮に、正しかったとしても。

その人からは学びたいとは思えなくなる。

好き、嫌いは偏桃体で瞬時に嗅ぎ分ける。

本能的な感覚は、みんなが持っている。

そこを理解せず、

不快な反応を引き出すような

ものの言い方をしないよう、

配慮していきたいなと思います。

疲れたら、一人の時間をとる

自分を傷つけられても、

言い返さない。反応しない。

それは、一見、

損をしているかのようにも

思うかもしれません。

けれども、それは、

決して弱さではなく、

智慧のあるあり方なのだと感じます。

言い返せないのではなく、

言い返さない。

それは、不要な争いを避けることで、

カルマを積まない、魂を汚さない

ことでもあります。

そして、ただ、ストレスを

自分の中に蓄積するのではなく、

浄化して、気づきと感謝に変えていく。

外見的に強そうに見えることや

偉そうに見えること、

他者からの評価は、

本当は重要なものではありません。

ただ、そのように理解していても、

否定や批判をする人の言葉を受けることは、

疲れを感じることです。

人と会いたくないと感じるのは、

そんな時なのかもしれません。

そんな時は、一人の時間をとって、

ゆっくり自分と向き合うことで、

浄化して癒す時間を取っていきます。

憎しみのない心で生きる

否定や批判を受けた時、

自分を正当化したい、誤解を解きたい、

と同時に、

相手の無知や無理解に対する不快感、

負の感情も出てくることがあります。

そんな時、怒りに振り回されるのでなく、

深呼吸して、内側に入る。

他人のことは、どうすることもできない。

分かる人には、1つ言うだけで

ああ、こういうことね。と理解できる。

分からない人には、

言葉を尽くして説明しても伝わらない。

同じ人間なのだからと思っても、

そういうことはあって、仕方ない。

誰にでも、理解できないことはある。

もちろん、私にもある。

どうにかできるのは、自分のことだけ。

だから、自分のことをひたすら深める。

そうしていくことで、

内面の変化から、外側の世界に

変化が起きてくる。

特に、人間関係では変化が速く起こるし、

良い方向に回りやすくなる。

すべての関係は自分自身との関係から。

自分も他者も責めない。

できるだけ、理解に努める。

そんな目に見えない地道な努力が、

幸せな世界を創っていく。

それから、最後に・・・

人は、完璧じゃない。

そんな部分を見せてくれる人、

そんな人に、人はホッとします。

本当はみんな完璧じゃない。

分かっていても、

周りの人達は、凄そうに見えたりします。

そんな世界だから、敢えて、

弱さもダメさも見せてくれる人は、

本当に有り難くて、勇敢だと感じます。

誰だって、格好悪いところなんて、

本当は見られたくないと思います。

そっか、それでもいいなら、

私も頑張れるかもと、

そんな風に想わせてくれる人。

心がほぐされるようです。

今日も、お読みくださいまして、ありがとうございました。

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