
こんにちは、hanaです。
ありがとうございます。
二時間瞑想の記録から書きます。
令和8年10月31日の二時間瞑想
5時ごろから座る
今日は時間がないため
一時間座ることにした
静かで穏やかな時間
思考が流れてくるのを眺める
必要な内容は処理して
追わない
姿勢が安定している
少し外側の気配や
思考の流れがある状態
ただ観察する
落ち着いている
令和8年11月1日の二時間瞑想
4時過ぎから始めた
真っ暗で静か
穏やかな気持ちで座る
姿勢を整える
少し伸びをすると
体がバキバキになって
硬くなっていた
・・・
記憶
流れていく
記憶
・・・
仕事のミス
時系列で想起されてくる
・・・
ただ眺める
落ち着いている
・・・
・・・
・・・
心の奥から出てくる
見たくないもの
・・・
出てきたから向き合う
・・・
・・・
感情
ツライ
・・・
受け止める
・・・
悲しみ
・・・
受け止める
・・・
感情は自然なもの
流れていくもの
責めなくていい
・・・
存在を認める
・・・
ただ受け止める
・・・
出てきてくれてよかった
・・・
感情に良い悪いはない
ただ存在を認める
・・・
ありがとう
・・・
少し楽になる
・・・
少しずつ受け止める
・・・
・・・
・・・
・・・
感謝
・・・
・・・
朱雀・・
神社にあった朱雀
・・・なぜか思い出した
・・・
朱雀
子供の頃に、手塚治虫さんの書いた
「火の鳥」の漫画を読みました。
火の鳥は不死鳥で、
炎の中で死と再生を果たす存在
炎の中で死んでしまった!!
と思ったら、
燃え切った灰の中に
誕生しようとしている新しい命・・・
何十年も前の記憶だから
間違ってるかもしれないけれど・・
そんなシーンをみて泣いた記憶があります。
火の鳥が死んじゃった・・!!!
・・・すごく悲しかったところに
新しい命が宿っていて・・
嘘でしょ?!
・・こんな嬉しいことってある?!
もう、悲しみと喜びでぐちゃぐちゃ・・。笑
そんなことを思い出して
命の尊さを感じていました。
瞑想していた時に
神社で眺めた朱雀を思い出して
なんとなく気になりました。
漫画の火の鳥と朱雀は
厳密にいうと同じ存在ではないけれど
直観的に同じ事象を象徴すると感じました。
瞑想の前日、お神輿が祭られている建物が
なぜか気になったので、
少し足を止めて中を眺めていました。
お神輿には金色の朱雀の装飾がついていて
ただ、「美しいなあ・・」と、見ていた。
それだけなのですが。
朱雀は、古代中国の神話に出てくる
四神のうち、南方の守護神であり、
死と再生の象徴、火の神。
北方の守護神である玄武は対照的存在で
現状を維持し守る水の神。
火と水、動と静、夏と冬
相対する力が存在して
世界を回す力となっている。
ヒンドゥー教のビシュヌ、ブラフマー、シヴァが
宇宙の創造、維持、破壊を
象徴することにも少し似ている・・。
宇宙の法則の一つ
誕生し、生きて、死んでいく
そのサイクルが繰り返されながら
時が流れていく
死から次の生への流れは
目に見えないから
何もなくなったかのように思う
けれども、実は、
目に見えない世界で続いていて
それが、形になる時がくる
一度、終了したかのように見える
この「死」という現象が、
次の「生」に続いていること。
それを神様の姿として
象徴として残されているかのようです。
グルジェフによると、
象徴は、高次の思考センターの言語です。
これら宇宙的法則のうち、おそらくあらゆる現象、あらゆる場所にあてはまるもっとも基本的なものをグルジェフは<三の法則>と呼んだ。この法則は、顕現するすべての現象が、<能動的><受動的><中和的>と呼びうる三原理の所産であるとする。
中略
創造とはこれらの三つの力の結合にもとづいているのである。その三つがそろわないかぎり何ごとも起こりえない。中和的な力がなければ能動的力と受動的力は空虚な対立としてあるにすぎないし、この場合には新たなものは何も生起しえない。だがそこに第三の力が加わると、能動的力と受動的力が結びつき結果を生むことができるのである。
現在の意識段階にあるわれわれは第三の力に対して盲目である。事物の中に二元性以上のものを見るためには、普通の意識の状態よりも高度な意識の覚醒が必要である。
引用文献:グルジェフ・ワーク p58、59より
より高い次元で見たときに、
死と生の間の見えない世界も
見えてくるのかもしれません。
私も、まだ理解していない未知の領域の話です。
輪廻転生も、ありとあらゆる因と縁の不思議も
証明できるものではないかもしれません。
でも、あるような気がするんです。
朱雀・・死と再生の象徴
私たちの知り得ないものを知る神様が
伝えていることの意味。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
お読みくださいましてありがとうございます。

