
自分と向き合うことには終わりはない。
それは、まるで家事のように・・
主婦にはきっと伝わる。
家事はエンドレスですよね。
掃除しなきゃいけない所なんて
探せばいつでも、いくらでも見つかるし
やらなきゃならない
目をつぶってることはいつでもあって
あー、もう!キリがないっっ!!笑
完璧にこなしてるように見える人でも
細いところを気にし出したらさ、
それこそ窓ガラスのちょっとした汚れだって
目についちゃうんだろうな。
自分の心と向き合うことはそれと似ていて
普段、意識しない棚の後ろに
いつの間にか汚れが溜まってるみたいに
心には知らぬうちに
隙間から何かが入ってきたりします。
解釈の仕方がいつの間にか
「言いわけ」になっていること。
自分自身の目を欺くための見て見ぬふり。
これ、無意識にやってることだから
すぐに気がつかなかったりします。
だからといって自分を責める必要はなくて、
人の心はそこまで強くないから
知らないうちに自分を守ろうとするんですね。
たまに振り返って、
気づけたら幸運なんだろうな。
そういうことは、
放置してると自分を蝕んでくから。
弱い部分を守ろうとする無意識の働き・・・
守ろうとしているのは小さな自分
小さなプライドとか自我の部分
言いわけも見て見ぬふりも
ただ、その場しのぎでしかないから
解決したことにならない。
そんな時、伝えてくるのは不安の感情。
不安は、気づきのきっかけになる。
弱さを受け止める
愚かさを受け止める
自分の情けないところ
見たくないところを見つめる
どこかで甘えていた?
どこかでズルしていた?
情けない自分がいることを認める。
私の中にある暗いエネルギーを
正面から見つめて受け止める。
・・・痛いけど、認めるしかない。
なんのためにするのかというと
心を明るくするためで
自分と向き合い続けると
安心感が自分の中に育ってくる
人に優しくする気持ちは
自分の弱さを受け止めたら自然に出てくる
その逆に、弱さを放置してると
いつのまにか
誰かの中にそれを見つけた時に
わけもわからずイライラしたり
許せなかったりする
心の中にわだかまりがない方が
人を嫌いになりにくいから
心を整えていくと楽になってく
目指すのは鋼みたいに固くて
抵抗する感じの強さじゃなくて
透明になってく感じ。
実体をなくすくらいの透過性・・・
伝わりますか?
透過性を身につけてくと、
壁はすり抜けちゃうんだな!
そうは言っても
幽霊は目指してないっ!!笑
私は粒であり波であり流れだから。
あるのかないのか
分かんないようなとこにある。
何かに抵抗する強さ・・
そんなものは必要としてない。
すべてを透過するように軽さを身に纏う
重いものは赦して解放する
動きそのものは、
空を飛ぶ鳥の群れに似てるんだよね。
手を抜くのではなくて力を抜く
そんな感じで!
それでは、二時間瞑想の記録に移ります。
令和8年6月6日の二時間瞑想
起きたのが遅かったので
ゴミ捨てを済ませてから瞑想する
今日は涼しくて過ごしやすい
体調がいまいちで
時間を短くしようかと悩む
とりあえず始めることにした
頭が重たい
垂れてくる
全身が重い
力が抜けている
周りの音が聞こえる
聴き流す
・・・
ざわざわしてる
周囲も内側も
霊鷲山のことを思い出す
意識をそちらに向ける
・・・
清々しい場
呼吸が深くなる
しばらくそこにいる
・・・
・・・
令和8年6月7日の二時間瞑想
体の疲労感がある
今日は休もうかとも思ったが
座る
姿勢を整える
呼吸に意識を向ける
エネルギーの流れに沿う
途中までは上手くいくが
思考に飲み込まれる
思考が次々に意識を捉えようとする
目を開けて一旦リセットする
再び目を閉じる
呼吸に意識をむける
何度もそんなことが起こった
繰り返し繰り返し
呼吸に戻る
意識を集中させる
いつのまにかとらわれる
再び呼吸に戻す
何度も繰り返すうちに
視点の切り替えだと気づく
どこを歩くかの違い
自我に飲まれるか
上から見下ろすか
呼吸に立ち返る時
体の変化に気づく
集中はいつのまにか切れる
意図してない瞬間に
集中が切れる瞬間は
まるで寝入る瞬間のように捉えにくい
意識していない瞬間が来るとき
勝手に思考に結びつく
引き合う磁石を引き離すように
意志の力で意識を剥がしても
気が抜けた一瞬で
磁石がくっつくように戻っていく
そんな働きがある
思考に飲まれる時には
そこに立ち返り見つめる必要がある
感情と向き合い整理していかないと
静かになれない
短時間ならできるけれど
長時間は無理だ
思考をもたらす自分の感情と
向き合う必要性を感じた
・・・
それでは、今日はこの辺で失礼します。
お読みくださいまして、ありがとうございます。

