
もしも私がライオンだったら?
きっと生きてくために狩りをするのだろう。
その時に大切なことは速く走れること。
もしも私が蚊だったら?
きっと動物の血を吸うのだろう。
その時に大切なのは上手に飛べること。
もしも私がごぼうだったら?
きっと大地の栄養や水を欲するのだろう。
その時に大切なのは長く根を伸ばすこと。
人が生きるためには
空気と水と食料と住む場所と衣類がいる。
大切にするのはきっと、人とのつながり。
人と仲良くするためには、
分け合うことや協力することが大切だと
縄文時代から知っていたのだろう。
その当たり前が当たり前じゃなくなって、
いつの間にか、土地に境界線を引いて
より良い場所を取り合うようになる。
「所有」という意識が守ろうとするのは
何かを持っている安心感だとしたら
どこかに不安があるからなのだろう。
周りにいるのが、安心をもたらす仲間なら
所有は必要ない。
信頼するというのは、
そこに財布を置いておいても
取られる心配がないことだとしたら
周りの人とそういう関係で在れたらいい。
不安を感じて自分を守ろうとする状態は
それを困難にするだろう。
財布を盗まれたら管理が悪いと言われるのだろう。
信じる事には勇気を伴う。
信じて馬鹿にされることすらある。
いつの間にか置き忘れてきた
宝物だったはずの目に見えない何かは
不安をもとに作られた安心らしきものに
取って代わられた。
それはどんどん膨らんで
今の社会を作りだした。
不安は身を硬くし、呼吸を浅くする。
もしも私が猫だったら
そんな時どうするだろう?
きっと体を伸ばしてあくびをするだろう。
大切なものを見つけるには
余計なものから手放して
たくさん持たない方がいいのかもしれないね。
たくさん失った人は
たくさんの宝物を見つけられる人
誰かの基準に当てはめて
理想の家に住んで、
かっこいい車に乗って・・みたいな、
こうだから幸せだ、なんてものに
合わせてもいいし合わせなくてもいい
心の奥が温かくなったなら
それが幸せなことで
ちゃんと自分の内側で感じられる。
世の中を変えようとする人は、
偉くなって指図したり
お金をたくさん集めたり
派閥を大きくしたり
そんなことをしてきたのかもしれない。
だけど、ひょっとしたら、
みんなが余計なものを捨てるという
それだけで問題が解決したりしてね?笑

って、通りすがりの宇宙人が言ってました☆
それでは、失礼します。
今日もありがとうございます。

