魂の言葉で会話することの葛藤

日常には馴染みにくい魂の声

私は、これまで、当たり障りなく会話することに

自分を慣らしてきた。

わざわざ対立するような意見を言っても

面白くないだろうし、

人はみんな違う考えを持っている。

仕事をするときは、それで構わないと思っています。

なぜなら、それで大抵のことはうまく進む。

乱すようなことをしても、不信感を買うだけ。

テレビドラマの世界と違う事は、

多くの人が、魂の声をぶつけ合うことなど、

現実ではしていないということ。

ドラマの世界に魅力を感じるのは、

そんな、普段は見えない人の魂の声が

演じられているからなのかもしれない。

けれども、時には仮面を脱ぎ捨てて

自分の心の奥底にある魂の部分で

つまり本音で会話しなければならない相手もいる。

それは、これまで信頼関係を積み上げてきた

本当に大切な人と話すとき。

魂の声は、自分の奥底から湧き上がってくる。

以前、一霊四魂の話を書かせて頂きましたが、

その部分の声を相手に伝えるという事。

魂はハイヤーセルフからの意図や意識を

直霊の部分を通じて四魂の部分からの声として

現れてくるとのこと。

それは、魂を覆う心の部分が雲に覆われていたら

見えなくなってしまうものでもあります。

魂の声は重要なものなので、

聞こえた時には、

無視しない方が良いと思っています。

友人とのやり取りを通して、、

私は、長年付き合ってきた友人の、

心の病や苦しみを抱える状況に寄り添ってきました。

相手の状況を考え、気遣い、辛い思いを刺激しないように、

会話してきました。

それが正しい事だと思ってきたし、

実際、その側面はあったと思います。

それは、幸御魂や和御魂の部分の私です。

けれども、私の荒御魂と奇御魂は、薄々気づいていました。

このままでは、友人は今の場所に留まるだけで

良くなる気配がないことに。

そして、その理由も少しずつ見えていました。

友人はいつも、自分の外側に答えを求めていました。

この薬が合わなかった、ホルモンの調子が乱れている、

思い切って病院を変えてみた。

それは、友人の苦しみを正面から見つめる治療では

ないこと、病院の先生は、症状に対し、

病名をつけ、薬を処方して症状を和らげようとするだけで、

友人の苦しみの根っこを見ていないし、

深い会話もすることがない。

症状を緩和すると、一時的に楽にはなっても、

病気の原因が放置されているのだから、

繰り返し長引くことは目に見えている。

それでも、そこにすがるしかなく、

何年も苦しみ続けている。

「今のままで本当に良いのか?」

友人の苦しみに寄り添うだけでは、

いつまでたっても良くならない。

友人は、寄り添ってもらうことを、

ただ望んでいるのかもしれないけれど。

ある時、友人は言いました。

人との比較に苦しみ、

なぜ治らないのかと泣いた後に、

パニック発作を起こしたと。

救急車を呼ぶ騒ぎになり、大変だったと。

不安が強くて一人で過ごすことができない。

原因はホルモンの治療が合わなかったせいだと。

何故、ここまで治らないのかと、葛藤していた。

私は、友人の話を聴いていて、

薄々感じていた荒御魂と奇御魂の声を

はっきりと感じ取りました。

「このままではいけない。

友人は、治ることを願っているけれど、

出口を見つけられずに苦しんでいる。

病気の根っこは、ホルモンではない。

ホルモンを乱しているのは、

心の中の不安や苦しみ、過去の記憶、

抱き続けた想念の方にある。」

「ホルモンの不調は体に現れた結果にすぎない。」

心の中に、死にたくなるほどの辛い出来事や

強い不安感が根付いていたら、

そこを見たくないと蓋をすることは

自然な防衛反応なのだと思います。

それは、心を守るために必要な反応なので、

必要な間はそれで良い。

けれど、苦しみが発作として体に現れるということは、

風邪の時に熱が出て、病気を治そうとしているのと

同じように、

心の想念をこれ以上抱え込むと危険だというサインを

体が発していて、治癒に向かわせるために、

「心を見つめてよ」というサインを

発しているように感じます。

心の不安の根は、それと対峙することが困難な

幼少期の思い出の中にあったりします。

子供の頃には、自分で解決が困難なものです。

けれども、大人になり、心が成熟して、

向き合うために必要な準備ができた時、

「もう、今の心の状態なら向き合うことができる」

と言う時に出てくるのだと思います。

事実として、友人は昔は元気で、

心の病も抱えている気配はありませんでした。

体は、潜在意識と密接に連携しているので、

心の変化を鋭敏に

感じ取ることができるのだと思います。

不安を解決するためには、

苦しくても見つめることが解決になると、

「ストレス脳」の著者である

精神科医のアンデシュ・ハンセンも

著書の中で述べています。

また、実際にパニック障害で苦しみ、

解決してきた方のSNSの投稿を目にしても、

やはり、内面と向き合うことが必要だけれど、

同じ病に苦しむ人に、

その話をすると必ず拒絶される

という話をされていました。

長年、見ないようにしてきた心の影と向き合うことは、

とても苦しく、恐ろしいことで、

おそらく一人では困難な部分もあるだろうと

推測しています。

私は、苦しむ友人を前にして、

ただ、耳障りの良い言葉で慰めるだけでは、

友人のためにならないことを、

はっきりと感じ取りました。

そして、友人には闇と向き合う強さがあるということも、

発作が出ているという体の症状から、

感じ取りました。

決して無理はできないけれど、

少しずつでも自分の内側と向き合う必要性を

最初は優しい言葉で伝えました。

けれども、それは否定、拒絶で返され、

ただ、慰めを求めるように、

自分の辛い状況を述べ続けるに留まりました。

私は、これ以上踏み込むべきなのか、

しばらく葛藤していました。

友人は、原因と向き合う事は嫌がっている。

それは、おそらく恐怖に駆られた心の声。

けれども、魂では治ることを望んでいる。

そう、確信したので、伝えて行こうと覚悟を決めました。

向き合うには、大変な勇気と

命がけの努力を要する可能性があるけれど、

きっと、友人にはできる。

私は、それをサポートする。

そして、喧嘩する覚悟で、

強い口調で彼女に対する

私自身の荒御魂からの心の声を

ストレートに伝えました。

それは、刃のように、

彼女の心に突き刺さったことと思います。

私自身、震えていました。

案の定、ものすごい拒絶、否定が返ってきます。

正義感は、双方にとって異なります。

私にとって「正しい」ことが、

相手にとっては「違う」ことだったりします。

けれど、相手の拒絶は、魂からではなく、

心の部分の恐怖による反応であること。

なりふり構わず、酷い言葉を返されるけれども、

それだけのことをしているから、仕方ありません。

きっと、いつか、魂の部分で理解してくれる日が来る。

そう思っています。

何が本当に正しい事なのか。

これは、結果が出ないと分からない事なのだと思います。

けれども、友人には向き合う強さが

あるという事を感じ取ったので、

伝えるという選択をして良かったと、

今は思っています。

これは、深い信頼関係の中で行われなければ、

ただ、拒絶して関係を断って

終わりになるだけなのだと思います。

魂の声と向き合うって、

時には本当に厄介で困難なことだなと思います。

けれど、それでも友人の病が良くなり、

社会に出られる日が来ることを

魂から願っています。

友人には、多くの魅力と才能があり、

とても尊敬できる、大好きな人だから。

今日も、お読みくださいまして、ありがとうございました。

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