心が平和になる智慧。八正道のこと。

八正道と釈迦と相川圭子氏

今から約2500年ほど前に

お釈迦さまは悟りを開かれ、

それを後世に残すことを決意されて、

八正道を説かれました。

八正道は、お釈迦様の体験をもとに

悟りへの道をあらわしたものです。

その中には、

瞑想の中で得られる気づきが

語られていて、

瞑想が深まるにつれて進むべき

道が示されています。

現代社会においても、

瞑想を極めた方は存在していて、

世界的に認められている日本人の聖者がいます。

今回は、

世界的に認められた聖者である

ヨグマタと敬愛される相川圭子氏の書籍から

八正道について書かせて頂こうと思います。

というのも、

お釈迦様が学ばれた瞑想も、

それ以前からのルーツがありました。

そのルーツはインド哲学のヴェーダにあり、

ヴェーダは、ヒマラヤ聖者によって

究極のサマディを体験して

真理を知った智慧を書き記したものでした。

(相川圭子氏の書籍、八正道より。)

相川氏自身もヒマラヤ聖者の

教えを受けながら修行を重ね、

ついに最終の悟りの行を

公開サマディという

公衆の面前で行うことに成功し、

悟りの証明をされた方です。

アンダーグラウンドサマディと言われる

完全に密閉された地下窟に

飲まず食わずで酸素もない

普通なら生存不可能な場所に

3日から4日間こもるという命がけの行。

そんな生死を乗り越える行を

何度も成功させた方です。

これらのことから、

ヒマラヤ聖者は、瞑想を極め、

体験を通した理解のもとに、

ブッダの八正道の智慧を正確に理解し

伝えることができる存在だと考えられます。

そうした経緯で、

相川氏の視点から語られる

八正道に興味を持ちました。

その内容について理解することで、

瞑想を行う上で参考にするべき内容が

見えてきます。

この内容は、

悟りという最高の段階を目指していなくても、

人生を歩む中で生じる

様々な葛藤や苦しみと、

どう付き合っていったら良いのかの

ヒントを伝えることができるものだと感じました。

ですので、

悟りに興味がない方でも、

読む価値のあるものだと感じています。

それから、

これは個人的な気持ちと言うか、

感覚的なものなのですが、

これまで悟りを開いた存在や

超常現象を起こせるような能力者を聖者として

崇めてきた歴史というのがあり、

キリストも、釈迦も

その他の神格化された存在も

みんな、元は宇宙人というか。

人間だけれど、宇宙から来たよね。

みたいな感じがしています。笑

宇宙人は、私たちの仲間であって、

その中で、人間として、

すごいことやり遂げた人がいたよ!

そして、今もそんな人がいるよ!

という感じで、

崇めると言うよりは、

すごいことをできるようになった仲間の一人という

感じでいいのではないかなと感じています。

(失礼にあたるようでしたら、すいません。)

というのも、

誰かを神格化して崇める時代は

もう古いと感じていて、

相川氏の書籍に

「ブッダとは誰の中にもある悟りのクオリティ(質)です。」

(相川圭子氏 八正道 P7より)

と書かれているように、

私達、一人一人の中にブッダ(覚者)の種があって、

一人一人が尊い存在。

もちろん、

これをお読みのあなたも宇宙人で、

私も宇宙人。笑

だから、相川氏のことは、

もちろん、とても×100万回くらい、すごい方で

尊敬しているけれども、

絶対的存在として崇めるという在り方よりも、

すごい事をした大先輩として慕うという

表現の方が私の感覚的には受け入れやすいです。

そして、結局、みんな宇宙人ですよね!という

明るく楽しい感覚や自由な精神も

大事にしていきたいのです。^^

古代に伝えられた高度なテクノロジーとか、

深い思想や文化って、

宇宙人がもたらしたと考えるのが、

自然なのかなと思うので。笑!

前置きが長くなりました。

それでは、八正道について、記させて頂きます。

八正道について

八正道は、

正見、正思、正語、正業、

正命、正精進、正念、正定

の8つから成ります。

そして、段階を経るごとに

悟りに近づき、理解を深め、

平和になる教えだと相川氏は解説されています。

これから、

八正道についてを何回かに分けて、

順番に記していきたいと思います。

今回は、正見についてです。

【 正見 】・・・すべての基礎

「ただ、見るということ

あるがままに見る、ということ

とらわれずに見る、ということ」

(相川圭子 八正道より)

正見は八正道の基本となります。

八つの道、それぞれが悟りへと近づき、

愛に満ちた人生を送るための教えですが、

全ての段階は、

まず正見をできるようになることが基本となるのです。

相川圭子 八正道 P23より

人は様々に過去の経験や知識といった

フィルターを通して物事を見ています。

そして、良いとか悪いとか

比較する中で、優越感や劣等感、

嫉妬や後悔などの感情に苦しみます。

これは、正見ということができていない状態だそうです。

hana自身も、独学でしたが、

瞑想を進めて行く中で、様々なことに

思考がとらわれていたことに

気づいていきました。

相川氏のおっしゃるような深いレベルの

瞑想には、まだまだ到達していませんが、

それでも、日常生活に役立つ気づきや

理解が得られたことは感じています。

心の動きに気づいていくこと

そのことが、

自己理解の第一歩なのだと感じています。

ほとんどの場合、

思い込みを通しての見方になり、

素直な純粋な心で

その対象を正しく見ることができません。

多くの人は心や体を「自分」だと思っていますが、

ヒマラヤの教えでは、

心と体がその人自身とは考えません。

心のさらにもっと深くにある「セルフ=自己」とは魂ですが、

人は魂を忘れています。

心に蓄積した記憶や知識が執着や曇りとなって、

魂を厚く覆ってしまい、

その魂が見えないし、感じられないからです。

セルフあるいは自己、

つまり魂というあなたの本質を悟っていかなければ、

心から解放されないのです。

相川圭子 八正道 p33より

何かを見たときに、

「これは対象そのものではなく、自分の価値観が

一緒にうごめきながら見ているのだな」と

「気づき」ながらみているのです。

「自分はこんなことを思っている。どうしよう。」などと、

あれこれ思わずに、ただ気づいていることです。

このように心を扱うことは、

心に翻弄されないための第一歩です。

そうして、さらに心を浄化するワークや

瞑想などの修行をしていくと、

あるがままに見るということが

自然に起こるようになります。

そうなると、対象を見ても、心は動きません。

ジャッジも働かなくなります。

相川圭子 八正道 p40

・・・そうは言っても、

めまぐるしく変化し続ける現実世界で

実践することは難しいことですよね。

一人で穏やかに過ごす方が、

よほど、楽にその状態で居やすいことでしょう。

心が自分ではなく、

ただ、移ろいゆくものと理解し、

それにとらわれずに、ものごとを見ていく。

この正見ができるだけでも、

人生の苦しみは大きく減るに違いないです。

心は本当の自分ではない。

反応はただ、反応しているだけで、

本当の自分とは別物。

瞑想の継続によって、

正見ができると、

心の扱い方も上手になり、

反応に振り回されるのではなく、

クリエイティブに使う事ができるようになる。

実生活に役立つ瞑想。

心の苦しみを減らして、

創造的な日々を送りたいですね!

相川氏は、優しく分かりやすい表現で

八正道について書かれていますが、

ヒマラヤ秘教のレベルを考えると、

基礎である正見ですらも、

そんなに簡単に達成できるような生易しいものでなく、

相当ハイレベルな教えであることは

間違いないと思います。

ですので、私自身は決して先生ではなくて、

少しだけ瞑想を知っている身近な主婦として、

一緒に歩ませて頂くことができれば幸いです。

それでも、人生の歩み方が変わるくらい

瞑想って、すごいものだと思っています。

私がお伝えしていることは、

悟りを目指す方には向かないです。

ただ、日常生活での悩みを解消して、

人生を創造的にしたい方や

より、生きやすくなるための参考になれば

嬉しいなと思っています。

もしも、ご興味がありましたら、

言霊瞑想の7日間講座をおこなっていますので、

気軽に覗いて見てくださいね。

それでは、今日はこの辺で。

お読みくださいまして、ありがとうございます。

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