二時間瞑想の記録。性別が・・?

こんにちはー、hanaです。

はい。不調で半分死んでます。

(冒頭から・・・。)

季節の変わり目ですね。

暖かいかと思うと意外と寒かったり、

風の強い日が多くてなんとなく落ち着かない。

今日は、スケジュールが空いたので

午後にお休みを取りました。

帰宅後にブログを書こうと思ったけど

パソコンの前に座っても、

自然に瞼が落ちてくる・・・。

「あーもう、これはダメだ。」

眠すぎて布団に倒れ込み、

気づいたら3時間くらい寝てしまって。

・・・超絶怠いのです。

とにかく、

ゆっくりできて良かったです。^^

それでは、瞑想の記録を書いていきます。

令和7年3月15日の二時間瞑想

(瞑想後のメモ書きより)

今日も瞑想した。

この時間がいつの間にか楽しみになっている。

1週間の中でも、早く二時間瞑想の時間が

来ないかなーと思っている。

やってると苦しいのに、

集中できている時間の静けさが

たまらなく好きなのだと思う。

このところ、バイオリズムの変化で

メンタルが絶不調で体も怠くて。

瞑想を始めると、思考が止むので、

ネガティブにとらわれなくなるし、

姿勢も整うせいか、首から上のむくんだ感じが

少し緩和される気がした。

途中でトイレに行きたくなって少し中断した。

75分ほど経過したあたり。

おそらく瞑想の前に

朝ごはんを食べたせいだと思う。

今日は上の子が部活で早起きだったので、

それに合わせて一緒に朝ごはんを食べた。

溜まっていた段ボールとかの

ゴミ出しもしなきゃならなかったので

早起きの下の子に手伝ってもらって

朝からゴミ置き場まで2人で3往復くらいして

朝からなんとなくバタバタしてました。

今回の瞑想でも、

割と思考に囚われずにいられる時間が

長くなっているけれど、

時々何か浮かんできていた気がする。

残り20分ぐらいになると、

やっぱり集中が切れてきて、

思考が浮かびやすくなってくる。

最後の10分は、完全に集中が続かなくて、

時計が気になって仕方なくなり、

そんな自分に「なにやってんの。」と

思わず、笑ってしまった。

今日の瞑想で面白かったことが1つありました。

それはぼーっとしている最中に、

突然自分が男だか女だか

わからなくなった瞬間があったこと。

考えていたわけでもないのに、

突然性別がわからなくなるって

おかしいと思うけど、

いきなりそんな感覚に襲われて、一瞬びっくりした。

私、男でも女でもない。

何だったんだろうこの感覚。

体の性別は、女性なのだけれど、

一瞬、自分が男みたいに感じたような気もする。

だから、なんということもないのだけれど。

不思議だったな。

性別ってどこで感じているんだろう?

座ること自体にはだいぶ慣れてきて、

姿勢の調整もうまくできるようになっている気がする。

体のどこかに痛みが出ると言うのもほぼなくなった。

やっぱり、好きなことをしているというのは、

肉体的に苦であったとしても苦じゃない気がする。

瞑想した後は、

気持ちが落ち着くしスッキリする。

調子が悪い時期で、

全身がむくんでだるい感じがするけれど、

それでも座りきれてうれしかった。

令和7年3月16日の二時間瞑想

今日も頑張ろうと座ったのは良いのだけど

じっとしているから、少しずつ体が冷えてくる。

今日は、座りながら

お腹が痛くなり辛くなってしまった。

これは、生理痛。

痛い。どうしても痛い。

このまま続けても、余計に辛くなりそう。

あー、もうこれは無理だとなって

時計を見たら約45分経過していた。

もう、今日はやめよう。

苦痛があると続けられない。

ということで終了しました。

残念だけど、仕方ないですね。

振り返りとその他もろもろ。

これを書いているのは3月18日。

男の人には生理がなくていいなぁ。

いつも、ペースを崩さずに仕事するとか、

女性には至難の業な気がするのです。

動きたくても怠い。

集中したくても眠い。

ホルモンには逆らえない。

従うしかないのである。(さくらももこ風?)

昔読んださくらももこさんのエッセイ面白かったな。

それにしても、

性別って消えることがあるんだね。

体の性別と心の性別が違うという人がいるけど、

そう考えると、単純にホルモンだけでは

片付けられないのかもしれないね。

自覚的な性別というか、感覚的なものなのかな。

性別のことで悩んだことはないし、

今も悩んでないけど、不思議だなと思う。

そういえば、グルジェフの書籍には

性エネルギーについて書かれていたっけ。

性エネルギーは、

他の思考や感情センターのエネルギーに比べて

最も高い振動数のエネルギーなんだって。

本来、他のセンターには不要なエネルギーで

それぞれのセンターがそれぞれのエネルギーを

専用化した状態が望ましいみたい。

そうしないと、慢性化して衰弱していくのだとか。

他のセンターにエネルギーを

盗用されてしまうことが多いらしいけど、

本来、性エネルギーは

それ以外に使う必要がないものなのだとか。

他のセンターのエネルギーもそれぞれに、

純粋なエネルギーとして扱うべきものなんだね。

性エネルギーの誤用の例として挙げられていたのは、

思考センターなら論争、批判、口論

感情センターなら感傷癖、嫉妬、残忍さ

動作センターなら新記録の達成

などがあって、

特徴としては、

「行為における独特の激しさと

その結果生み出されるものの無意味さである」

グルジェフ・ワーク p82より

だそうです。

へーー。そうなんだ。

くらいな感じなのだけど。

確かにちょっと無意味な気がするかも。

本来大切にするべき事柄から離れている状態。

そんな気がしました。

エネルギーをどこに向けるかというのは、

高いレベルで目的が定められていて、

統合された意志の下に

それぞれのセンターが制御されていなければ

無意味な状態を生み出しやすくなって

しまうのかもしれないね。

難易度高すぎて、実際難しいけど。

他のセンターのエネルギーを使ってる!って

気づいて修正できればいいけど、

無意識にそうなっているから

なかなか難しいなと思う。

建設的な結果をもたらさないことに

エネルギーを注がないようにすると良いのかな?

けど、そんな完璧さを求められても・・。

やっぱり覚者ってすごいね。

それでは、今日はこの辺で失礼します。

お読みくださいまして、ありがとうございました。

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